●長野の病院で、娘の受精卵を用いて母親が代理出産した。
リンク: 「孫」代理出産:院長「娘への愛」強調 還暦目前、母体に危険も-健康:MSN毎日インタラクティブ.
●以下引用。「根津院長は15日午前の会見で、娘が子宮の摘出手術を受ける際、母親が「私が産んであげるから手術を受けなさい」と励ました経緯を紹介した。母親が「孫」を出産した異例の事態にも「奇異だが違和感だけで否定してはいけない。家族も了解し、問題ない」と強調。今回公表した理由について、「代理出産で生まれたタレントの向井亜紀さん夫妻の双子を実子とした東京高裁決定を不服とし、東京都品川区が最高裁に抗告したことに憤りを感じた」と説明した。」
●母親による代理出産は海外でもあまり例がなく、たとえば英国BBCでもこのニュースを伝えている。
リンク: BBC NEWS | Asia-Pacific | Woman gives birth to grandchild.
●最近のニュースをみると、「向井亜紀さん夫妻」の代理出産は、かなり好意的にみられているという印象をもつ。わが国の最近の風潮だが、既成事実ができ、それを追認してしまう。これはあまりに安易な態度である。
●個人的には、「向井亜紀さん夫妻」の問題を、子どもの福祉や親子の倫理の次元で語れるのかということについても、疑問をもっている。政府(品川区)が単純に法律に基づいて抗告したことは、まったく妥当だろう。
●「向井亜紀さん夫妻」が、自分の子どもたちを「自分の」子どもたちとしてどうしても認めてほしければ、法律を変えるしかないだろう。法律はどうしたら変わるか。以前には特殊だった事例が一般化する必要があるだろうが、代理出産はなお一般的な事例ではない。現状は、代理出産も可能な「医療技術」が開発され、それが特定の「選ばれた人たち」(BBCでは「セレブリティ」と表現している)に適用されているだけである(それでもなお、法律を変えたければ、自らが国会議員となって議員立法を目指すしかないだろう)。
●母親による代理出産も同様である。進歩した医療技術を、特殊な医師が特殊な事例に適用しただけである。根津医師は、母親による代理出産に「違和感だけで否定してはいけない」と述べている。しかし、問題は違和感という感覚の問題ではなく、論理と理屈の問題である。この医師は、自分が人の生死を「操作」できる立場にあることを自認している。そうした立場として、現状認識がまったく甘いといわざるをえないだろう。
●理論的に「できる」ことが、現実的にも「できる」わけではない。「現実的にできた。だから認めろ」というのは、ほとんどヤ●ザまがいか、ノースコリアの論理である。子どもの問題だから、親子の問題だから、特例としても認めるという理屈は、いったいどこから出てくるのだろう。
最近のコメント