●内閣府が発表した「臓器移植に関する世論調査」で、脳死判定を受けた場合に臓器提供する意志をもつ人が4割を超え、過去最高となった。
リンク: 「臓器提供したい」4割超す : ニュース : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).
●ただし、提供に備えて意志表示カードなどを所持している人は、8%にとどまっている。
●脳死と判定された場合、心臓や肝臓などの臓器を提供したい人は41.6%、腎臓や眼球を提供したい人は42.4%にのぼった。
●また、15歳未満の脳死臓器移植についても、「できるようにするべきだ」と答えた人は68.0%だった。
●前世紀に大きな議論となった「脳死は人の死か」という問題が、かすんでみえます。当時、わが国は欧米と異なり、脳死=人の死と認めることはできないという意見が、多くを占めていたと記憶します。
●という意味で、国民の意識が変わったことを如実に示す報告です。この意識の変化の原因については、検討する必要があるのではないかと思います。
●子どもの臓器移植については、しばしば報道等で、寄付をつのり、海外で移植を受けるケースが紹介されています。なぜ日本で移植ができないのかという理不尽さが、多くの国民に共有されているのが現状であると思われます。
●しかし、子どもの臓器移植における問題とは、臓器を「提供する側」にまつわる問題であって、「提供される側」ではありません。その意味では、子どもの臓器移植に関しては、問題の所在が明確にされていないという印象があります。
●成人の臓器移植については、医療技術が進み、代理出産や遺伝子操作が現実的になっているなかで、臓器移植という医療技術が、相対的に一般化しているという面があると思われます。
●また、近年の自殺の急増や、特に若年者における生死のとらえ方を、反映しているという面もあるような気がします。たとえば、「人は死んでも生き返る」「人は死ぬと霊になる」といった信念は、テレビ等を通じて、安易に世間に広まっていますが、このような信念は、「生きること」と「死ぬこと」の境界を不明にし、その価値を同等にすることにつながります。ゲーム感覚で人の命を奪うことと、安易に「あの世」や「霊」を語ることは、リンクしているのかもしれません。
●個人的には、臓器移植は行うべきであると考えます。しかし、臓器移植に臓器売買といった問題が伴うのは「必然的」であり、さらに子どもの場合、その問題が増加するというリスクを、念には念を入れて認識する必要があると思っています。
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