カテゴリー「臓器移植」の4件の記事

2007年4月25日 (水)

厚労省、病気腎移植禁止へ改正案を公表

●宇和島徳洲会病院を舞台に生じた病気腎移植問題だが、厚労省が病気腎移植の原則禁止を盛り込んだ臓器移植法運用指針の改定案を公表した。

リンク: 病気腎移植禁止、厚労省が改定指針案 : ニュース : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

●生体移植全般については、提供者と患者の間で金銭の授受がないことを、移植施設の倫理委員会で確認すること、また家族からの移植の場合も運転免許証などの公的証明書で本人確認をすること、などが必要とされる。

●病気腎移植に関しては、関連4学会(日本移植学会、日本透析医学会、日本泌尿器科学会、日本臨床腎移植学会)が医学的妥当性がないという統一見解を出しています。

●厚労省の指針はこの統一見解を受けたものですが、一方で、腎臓を必要としている人々にとって、ドナー数が増えないなかで、大きな可能性と希望となる治療法であることも、たしかです。

●厚労省の指針案では、病気腎移植に医学的妥当性はないが、将来の臨床応用を視野に入れた研究については、国の臨床研究倫理指針に沿って移植施設の倫理委員会の審査を経た場合には、行える可能性を示しています。

●関係者からは、「病気腎移植の容認と受け取られかねない」と異論が出ているようです。病気腎移植を行った万波医師の「手順」が不当であったことはたしかですが、医療技術が日々進歩するなかで、新しい治療法の開発を、「正しい手順」で行うことを禁止するべきではないと思います。

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2007年4月 3日 (火)

どんな血液型もO型に変える酵素

●どんな血液型も、O型に変換できる酵素が発見される。

リンク: どんな血液型もO型に変換、輸血へ活用期待 : ニュース : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

●赤血球の表面は糖鎖で覆われていて、糖鎖の先に結合している糖の種類によって、A、B、AB型に分かれる。糖が異なると輸血時に拒否反応が起こるが、O型には糖がついていない。これが、O型の血液がどの血液型の患者にも輸血可能である理由である。

●米国の研究者が発表。赤血球の糖鎖から糖を分断する酵素を発見し、その能力の効率を上げた。これにより、O型以外の赤血球200mLを1時間処理すると、ほとんどの赤血球がO型になったという。

●ここ数年、献血者数が減っています。海外渡航歴などBSEの影響もあると思われますが、社会の高齢化が進むなかで、輸血用の血液を確保することは、大きな問題になりうる要素を含んでいます。そもそも血液を提供する人が必要であり、技術的にはさらに磨きをかける必要があると思いますが、さまざまな展開が期待できる研究であるように思います。

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2007年3月 5日 (月)

病気腎の「摘出」は「正当」と調査委員会が発表?

●宇和島徳洲会病院で行われた病気腎移植に関して、調査委員会が、同病院で行われた病気腎摘出の6件すべてに問題がないとする調査結果を発表した。

リンク: 病気腎調査委、徳洲会が万波医師を擁護 : ニュース : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

●この結論は、すべての摘出や移植を不適切とした専門委員会の見解に反するものだった。

●調査委員会には、徳洲会病院の関係者が多く含まれており、記事によれば、「万波医師を何とかして守ろうとする姿勢が当初から見え隠れしていた」といいます。

●また、問題は病気の腎臓の“摘出と移植”であるにもかかわらず、「“摘出”は問題がない」と限定的な言い方をしているのが、気になります。

●日本での腎移植が十分に進んでいないなかで、病気の腎臓の移植を行うことの是非については、なお、十分に検討する必要があるとは思います。しかし、医学的な根拠に基づいて、その方法が適性であるかを検討しなければならないことは、いうまでもありません。

●今回の調査委員会の調査結果には、確かに疑問が残ります。ただし、一方の日本移植学会は学会として、病気の臓器を移植することを認めていませんが、認めない根拠が、本当に科学的エビデンスに基づいたものであるかどうかは不明です。認めない側も、病気の臓器を移植することを否定する十分な根拠を示さない限り、このような議論は延々と続くのではないかと思います。(残念なことに、病気の臓器を移植することを否定する根拠を示すことは、実際に移植を行ってみないとわからないかもしれません。)

以前の記事で触れたように、病気腎の摘出と移植を行った医師は、臨床家として、それなりの判断を行っていたのだと思います。しかし、いくら「すぐれた」判断といえども、現実世界では容認されないということは、医学の世界にかぎらず、往々にしてありうるものです。そして、その正当性を声高に述べれば述べるほど、事柄は当事者の意図せぬ方向に動くということもまた、往々にしてありうるものです。

●すでに事態は、医学的な問題を離れつつあるような印象があり、自分としては正直に言うと、あまりコメントをしたくありません。医学と、その技術を必要とする患者さんにとって、不幸な結果にならないことを望むしかありません。

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2007年2月13日 (火)

フィリピンで腎臓売買が公認へ

●少し前のニュースですが、フィリピンで腎臓売買が公認されるようです。

リンク: 比が腎臓売買公認へ、「倫理」「安全」懸念の声 : ニュース : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

●フィリピン政府は、国内の貧困と闇売買の横行を背景に、腎臓売買を実質的に公認することになりそう。ドナーが闇取引で腎臓を買い叩かれたうえ、十分なケアが受けられない状況を防ぐのがねらい。

●日本などから、多くの患者が向かうのではないかと予想されている。なお、日本の臓器移植法では、海外で臓器を購入した日本人も、処罰の対象になる(5年以下の懲役または500万円以下の罰金)。しかし、フィリピンの新しい制度では、外国人患者が直接ドナーに支払わないので「売買」ではないとされる。

●売りたいというニードと買いたいというニードがあるかぎり、そこに市場ができるのは、資本主義社会では当然のことです。善意による臓器提供しか、臓器提供ではないという論理は、心情としては納得できても、現実には即していないといえるのかもしれません。

●いずれにしても難しい問題です。フィリピンや日本など、この制度にかかわりそうな国と人々が集まって、よい方向に議論が進むように努力するしかありません。

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